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ネットワークビジネス9つの嘘

戦後唯一破綻した都銀・拓銀を追いやったカブトデコムが解散…バブルとはなんだったのか?

誰も辞めないネットワークビジネス会社の正体とは?

ビジネスといえば、出来高報酬が当たり前です。

つまり、売れなければ1円も入ってこない。

トヨタにしても、シャープにしても商品が売れなければ、1円も入ってこない。

そうなると社員にも給料が支払えなくなって、倒産します。

ビジネスには、もう一つパターンがあって、それがテレビや新聞、雑誌などの広告ビジネスです。

世の中のすべてのビジネスは、どちらかに当てはまります。

そこで問題。

ネットワークビジネスはどちらでしょうか?

答えは、広告ビジネスです。

だから、ネットワークビジネスというと、胡散臭く聞こえるけれども、

出来高報酬型広告ビジネスというと、まともに聞こえるのです。

ネットワークビジネスでは、普通の人は何がなんだかわかりません。

しかし、出来高報酬型広告ビジネスというとなんとなくイメージできるのです。

実際にネットワークビジネスをやっている人が、このことをほとんど知りません。

それが、なかなか成功できない理由だと思っています。

ネットワークビジネスが出来高報酬型広告ビジネスだと理解できると、

考え方が変わります。

テレビにしても新聞、雑誌にしても、収入源は広告だけど広告がメインではありません。

番組なり記事なり、コンテンツがメインです。

そうです。

ネットワークビジネスは、自分自身がコンテンツなのです。

商品の販売は、普通しません。

自分がなんらかのコンテンツを提供して、商品とビジネスを紹介するだけです。

そして、紹介した相手が商品を使って、同じように他の誰かにコンテンツを提供して

商品とビジネスを紹介する。

その連鎖が、うまく回り出せば成功する。

多くの広告ビジネスと違う点は、出来高報酬というだけです。

しかし、テレビなら視聴率、新聞なら発行部数がないと誰も広告は出してくれません。

視聴率や発行部数を稼いで初めて、広告を出してもらえるのです。

お金と時間がむちゃくちゃ掛かります。

ところがネットワークビジネスなら、このサイクルを早く作ることができるのです。

しかも、個人でです。すごくないですか?

問題は、コンテンツですよね。

同レベルの友人に提供できるコンテンツを持っていますか?

難しいですよね。

しかし、それをインターネットが解決してくれました。

インターネットは、今や立派なメディアになったのです。





戦後唯一破綻した都銀・拓銀を追いやったカブトデコムが解散…バブルとはなんだったのか?


Business Journal 4月7日(日)7時22分配信




















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戦後唯一破綻した都銀・拓銀を追いやったカブトデコムが解散…バブルとはなんだったのか?



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戦後唯一破綻した都銀・拓銀を追いやったカブトデコムが解散…バブルとはなんだったのか?

ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ(「Wikipedia」より)




 旧・北海道拓殖銀行(拓銀)破綻の原因の一つとなった建設・不動産会社、カブトデコム(札幌市)が2月末に札幌市内で臨時株主総会を開き、解散を決議した。かつて拓銀と二人三脚でリゾート開発を進めてきた「バブルの象徴のような会社」が、やっと幕引きとなった。特別清算を裁判所に申請、清算人には安田好弘弁護士を選んだ。臨時株主総会には、創業者である佐藤茂会長は欠席した。負債総額は2012年9月末時点で5060億円。近年、実質的な業務は行われておらず、残務整理のために会社だけが生き残っていた。



 08年夏の北海道洞爺湖サミット(第34回主要国首脳会議)のメイン会場になった、ザ・ウィンザーホテル洞爺を作ったのがカブトデコムだ。このホテルの前身はカブトデコムの子会社、エイペックス(札幌市)が93年6月に開業した会員制の高級ホテル、エイペックス洞爺(洞爺湖町)だ。97年11月、北海道拓殖銀行が経営破綻。エイペックスも98年3月に自己破産を申請した。負債総額は949億円だった。



 同ホテルに救済の手を差し伸べたのが警備保障会社、セコムの創業者、飯田亮・最高顧問。00年、セコムグループのセコム損害保険の子会社、十勝アーバンプロパティーズ(本社東京)がホテルの土地建物を60億円で購入、施設を改装し、02年6月に営業を再開した。正式名はザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパという。



 洞爺湖サミットの会場になったのは、飯田氏の人脈が生きたからだったようだ。安倍晋三・前首相(当時、病気で退陣後)の縁戚であったウシオ電機会長の牛尾治朗氏の働きかけがあったといわれている。牛尾氏と飯田氏は極めて親しかった。



 カブトデコムが洞爺湖畔での大規模なリゾート開発の構想を打ち出したのは、バブル真っただ中の89年のこと。第1次計画では11階建て405室のホテル、全長2.5キロメートルのスキー場、36ホールのゴルフ場を建設。第2次計画で洞爺湖沿いに体験型水族館、マリンスポーツ基地、フィンランド村を建設する予定だった。



 総事業費は1000億円。拓銀が全面支援する。運営はカブトデコム・グループの甲観光(かぶとかんこう。のちにエイペックスに商号変更)が担当する。事業費の弁済は、リゾート会員権の販売で賄う計画だった。会員権は法人・個人向けの1500口(第1次募集分)で、1口の平均価格は3000万円。巨大なこの施設は、頂点を意味するエイペックスと名付けられた。



 93年6月、ホテル、スキー場、ゴルフ場を持つエイペックスリゾート洞爺がオープンした。第1次計画だけで、事業費は665億円に膨らんだ。バブル経済は崩壊。売れた会員権は1000口を下回り、売り上げは350億円にとどまった。1口4800万円と値付けされた第2次会員権の販売は凍結に追い込まれた。



 拓銀は事業資金を融資するだけにとどまらず、計画段階からカブトに行員を派遣した。リゾート会員権の販売は拓銀傘下のたくぎん保証が扱うなど、文字通り、拓銀直轄の事業となっていたのである。



 カブトデコムの創業者・佐藤茂氏は1946年5月、北海道空知管内の沼田町にあった明治鉱業昭和鉱業所の炭住(炭鉱に付属していた住宅)街で生まれた。父は炭鉱の事務員。65年、旭川工業高校土木科を卒業、北海道最大手の土木会社、地崎工業に入社。71年、24歳で脱サラ。「スコップ6丁と従業員2人」で、カブトデコムの前身である兜建設をお越した。当初は道路工事など小規模な土木工事を手掛けていたが、建築部門に進出してマンションの分譲を手掛けるようになる。



 カブトデコムという奇妙な社名は、創業時の社名であるカブト(兜)にDevelopment(開発)、Construction(建設)、Management(経営)の頭文字DECOMを組み合わせたものだ。



 大化けするのはバブルの時代。88年9月、社名をカブトデコムに変更。89年3月に株式を店頭公開した。初値は2300円。バブル景気の追い風に乗って、株価は高騰。翌90年7月に、株価は4万1400円という驚異的な高値をつけた。91年3月期には売上高1009億円を計上して、道内トップの建設会社に躍り出た。スコップ6丁で始めた会社を、佐藤氏はわずか20年で1000億円企業に育て上げたわけだ。



 当時、拓銀の役員は「家庭の事情で進学できなかったが、東大に入学できたほどの頭の持ち主」と、手放しで佐藤氏を称賛したものだ。



 拓銀はなぜ、カブトデコムの資金スポンサーになったのか。拓銀は北海道を振興するための国策銀行という生い立ち。頭取は代々、旧大蔵省OBで占められてきた。83年に生え抜き頭取として鈴木茂氏がトップに立った。鈴木氏が頭取に就任した当時、銀行経営は預金至上主義から融資拡大へと大転換を始めていた。住友銀行(当時)が磯田一郎頭取のもと、「向こう傷は問わない」と融資拡大に血眼になっていた時代である。



 融資先にこれといって有力な企業グループを持たないため、拓銀は都市銀行の万年最下位に甘んじていた。鈴木頭取は道内の新興企業を育成することで、このハンディを克服しようとした。インキュベーター(新興企業育成)路線の第1弾となったのがカブトデコム。拓銀から全面的な資金援助を受け、不動産投資を推し進めた。海外現地法人を相次いで設立して、米国やフランス、タイ、香港などで不動産事業を展開。90年秋にはホテルエイペックス洞爺を着工する。



 だが、バブル経済は崩壊。不動産市況の落ち込みから業績は悪化、93年3月期には赤字に転落した。佐藤会長は、93年12月に手形偽造容疑で札幌地検に逮捕された。長期裁判を経て、99年8月に無罪が確定した。



 拓銀が経営破綻して、カブトデコム向けの債権は整理回収機構に譲渡された。02年3月に、整理機構に対する債務3865億円のうち52億円について、10年9月を最終日として8年間で分割弁済する合意が成立した。唯一、生き残ってきた米国の不動産子会社の経営が悪化したため、残債6億円の支払いが困難になり、会社は解散することになった。



 経営破綻した拓銀は、98年11月に北洋銀行と中央信託銀行(中央三井信託銀行を経て現・三井住友信託銀行)に事業を譲渡し、06年に清算は終了した。拓銀は、都市銀行として戦後唯一、経営破綻するという不名誉な記録を金融史の上に残した。北海道の企業の大半が拓銀と取引があった。拓銀破綻の影響はそれだけ大きく、北海道経済が長期的に沈滞する元凶となった。



 今では「拓銀を経営破綻させたのは間違いだった」という評価が定着している。





編集部







http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130407-00010002-bjournal-bus_all
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